三池凡太の記録箱

ねことクイズと草いじりを愛する夫婦の記録

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トラックバックテーマ 第1597回「布団の中で考える事」

凡太は昨日から発熱が続き、さっき病院でインフルエンザだと診断されました。
昨日からずっと布団の中にいます。

というわけで、今日は凡太に代わって嫁がお送りします
凡太が布団の中で考えていることはと言えば…昨日と体温は変わっていないのに、「インフルエンザです」と言われた瞬間から、一気に弱気になって
「寒い、しんどい、もう駄目だ」を連発しています。
思わず「なんでやねん。37度5分で死ぬはずがないやろう」とツッコミを入れてしまいました。完全にかまってちゃんになっています。

ここで小話を一つ。
買い物から帰ると旦那さんから
「インフルエンザだった」と言われたので、
「何型やったん?A?B?」と聞いたら、
「O型やって!!」

「…それは血液型やろう。インフルエンザの型を聞いとるんや!!凡太の血液型は知っとるわ
「あ、そか…えっと、A型。お医者さんが書いとったあれってそういう意味やったんや

現在薬が効いて少し楽になっているようで布団の中でぐずって甘えています。
「実家に帰ったら、また猫さんが心配してくれるから、帰ろっかな
などとしょうもない冗談も言っております…。

まあ、あと10分もすればしゃべり疲れておとなしくなるでしょう



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気がつけばアタック25の予選を通過して三か月がたとうとしています。

ぼんやりするのももったいないので、いろんな分野の対策をしています。
傾向として浅く広い知識と系列メディアの求める宣伝内容が問われるので、

朝○新聞とワイドショーとナショナルジオグラフィッククイズを毎日チェックしています。

地理の分野が夫婦とも得意ではないので、助かっています。わからないことがあると地図帳で調べていますが、便利です。
三月あたりから、ぼちぼち図鑑にも手を出していこうと思います。

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餃子づくり

用事があって三日ほど実家に帰省していた奥さんが、昨日の夕方帰ってきました。
午前三時に起きて実家の仕事を手伝っていた奥さん。風邪気味だそうです。
奥さんが家に帰ってきてから食事の用意をさせるのはわけにはいかないので、夕食用に餃子を作っておくことにしました。
私が上手に作れるのはチャーハンと餃子しかないんです。
チャーハンよりは餃子の方がいいでしょ。
三池家では餃子を私とおばあちゃんで一回三百個ほど作っていたので
不器用な私でも速く上手に餃子を包めるようになっていました。

キャベツ、ネギ、エビをひたすら刻み、牛ミンチとにんにくと生姜、酒、砂糖、みりん、醤油を加えてこねれば八割がた完成。
奥さんを駅まで迎えに行きました。
帰宅して奥さんの相手をしながら餃子を包み、ゆでて完成です。

その間に奥さんは座って一休みしながら、
「何もしなくてもご飯が出てくるなんて、めちゃくちゃ幸せや~」とご機嫌な様子。デザートに、奥さんがお客さんからもらったイチゴの「あまおう」を食べました。
食後は奥さんの足をマッサージ。いつもはおしゃべりなのに静かだな~と思って話しかけると寝ていました。

今朝もその餃子を食べました。
美味しかったのでつい食べ過ぎてしまい、おなかが苦しいです…

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クイズの勉強

年が明けてクイズの勉強を再開しました。
なぜクイズを勉強しているかはこちらの日記を参照。


アタック25の予選会経験談



アタック25の携帯アプリで遊んで、知らない人名・地名があると電子辞書と地図帳で調べます。
作曲家・小説家・詩人・童謡の歌詞を主に調べています。

年が明けてからは
銃・鉄・病原菌(上下巻)


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ユートピアの崩壊 ナウル共和国


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という本を読みました。
知らない人名・地名があると辞書と地図帳で調べます。
私は高校時代に地理は勉強しませんでしたし、世界史の勉強を真面目にやっていなかったので新しい発見があります。
勉強しているのは1日30分~1地時間ぐらいです。
もっと勉強したいのですが、体がついていきません。
学生時代にもっと真面目に勉強しておけばよかった。こんなに丁寧に勉強するのは人生で初めてです。

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トラックバックテーマ 第1587回「あなたは年相応?」

外見は年相応だと思います。中身も、結婚するまでは年相応だと思っていました。
けれど、最近中身が伴っていないのではないかと思うことがあります。

どんな時かというと、夕飯がハンバーグの時です

昨日の夕飯がハンバーグでした。
私が出社する前に奥さんが「今日のお夕飯何にしようかな~」
とつぶやいていたので、ハンバーグをリクエストしておいたのです。

そして退社するために着替えているときのこと。
「三池さん、なんだか嬉しそうですね。いいことでもあったんですか?」
とちょうど居合わせた人に聞かれてしまいました。
その時私の頭の中にあったのは、夕飯のハンバーグのこと。
自分の顔が緩んでいるなんて思いもしませんでした。

「夕飯がハンバーグで喜ぶって子供ですよね…?今めちゃくちゃ嬉しいんですけど」
ときくと、笑われてしまいました。

ハンバーグは、とてもおいしかったですつい、食べ過ぎてしまいました。

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フィギュアスケートを観て思ったこと

フィギュアスケートを観ているといつもぼんやりと高校時代を思い出します。
私は中学・高校時代バレーボール部に所属していました
高校時代、腿を太くするためにひたすらバーベルスクワットをしていました。
当時の私は、人体の構造などを考えて筋力トレーニングをしていたわけではなく、ジャンプ力を上げるためには腿を太くしさえすれば良い、くらいにしか考えていませんでした。
高校の三年間で、実力は確かに上がったと思います。
今振り返ってみると、それが筋力トレーニングをしたことによる向上なのか、技術が向上したからなのか、正直なところよくわかりません。

けれど当時の私は腿を太くしたからだと信じていました。
他の部分のトレーニングはチームメイトと同じくらいですませ、腿を鍛えるためのトレーニングは三倍くらい行いました。
その結果、どうなったかというと
「腿だけ妙に太い、細くて猫背な少年」が出来上がりました。

ちなみに、走るのは遅かったです。
スパイクやブロックで跳ぶと、ほとんどの場合空中でバランスを崩して片足で着地していました。
着地時の衝撃がすべて膝に言っていたようで中学生のころから慢性的に膝を痛めていました。

高校三年生くらいになって、体重が増えてくると膝が猛烈に痛みました。
この時の私の体脂肪率は、10~12%ぐらいでした。
そこで、膝の痛みを和らげるためにどうすればいいのかを考え、次のような結論に達しました。
「高校一年生の頃は、今よりも膝が痛くなかった。その頃の体脂肪率は7%前後。この時期の体重に戻せばいい」
そして以下のことを実行しました。
・夜十時以降の飲食禁止
・炭酸飲料は飲まない
・間食禁止(おなかがすいた場合はおやつではなく食事をとって四食にする)
・ひたすら筋トレ(もちろんスクワット)

成長期に体重が増えるのは自然なことです。
15歳のころの体には戻れないし、戻ってはいけないとなぜ18歳にもなって気付かなかったのでしょうか。
体重が軽かったから跳べていただけで、体全体の筋肉を上手に使って跳んでいるわけではないとなぜ気付かなかったのか。
なぜあの頃の自分は、体重を増やすことをかたくなに嫌がったのか、よくわかりません。

足の裏を分厚くしたり、足首を鍛えていれば膝への衝撃が減り、膝を痛めることもなかったと思います。
そもそも、体幹を鍛えていれば空中でも安定した姿勢を保つことができたはずです。

大学生になって競技を離れてからも腿だけが太いままで、正座ができませんでした。
歩き回ることも苦手で、すぐに足が疲れて座り込んでいました。
社会人になってから、奥さんに教えてもらって体幹と足の裏、足首を鍛えた結果、高校時代より10kg体重は増えましたが膝の痛みに悩まされることはなくなり、歩き回ることも苦痛ではなくなりました。
背筋も鍛え、猫背が治り身長も1cm伸びました。

器具を使って鍛えまっくったわけではありません。
筋力トレーニングというよりはストレッチに近いくらいのことしかやっていません。
はじめて教えてもらったときは、ずっとスポーツをやって鍛えてきた自分に、そんな簡単なことができないはずはないとタカをくくっていたくらいです。
それでも実際にやってみるときつくて、奥さんから教えてもらった姿勢を保つことができませんでした。

今更ながらバランスというのはとても大切だと思い知ったのです。
体の仕組みを理解して鍛錬すると、スポーツを観ているだけでも得られる情報が飛躍的に増えました。

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トラックバックテーマ 第1585回「お年玉は、あげた?もらった?」

甥っ子二人と、奥さんの従兄の子供にあげました
両親からはもらっていません。「協議して、今年からお年玉は渡さないことにした。」と母から言われました。

私が就職して初めて迎えたお正月。
当然のようにお年玉を差し出し、「本当にもらっていいのか?」と戸惑っている私に向かって、
「子供である限り、この先もずっとお年玉はあげますよ
と母が言ったのはつい数年前のことですが。

私から家族には、お金ではなく母・祖母・姉に服やレッグウォーマーなどをプレゼントしました


ちなみに奥さんは二十歳になった年に「今年からお年玉はなし」
と言われてもらっていなかったそうです。
ところが今年、たまたま銀行の人が年末のあいさつ回りをしているところに出会い、粗品としてポチ袋をもらったので、冗談で「これにお年玉入れて~」と言って渡しておいたそうです。
正月には見事にご両親からお年玉をもらっていました。
もちろん奥さんにだけで私にはくれませんでしたが…。
奥さんは一人っ子で孫もまだいないせいでしょうが、娘のことを愛しすぎです

甥っ子が生まれてお年玉をあげるようになってから知ったのですが、もらうのではなくあげるというのもなかなか心躍るものですね。


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猫さんの優しさ

年末年始は奥さんの実家に帰省していたのですが、いざ出発という時になって風邪をひいてしまいました。
悪寒がしてどうしようもなかったので布団をかぶって寝ているところに、奥さんが帰ってきました。
奥さんに体温計を渡されて、体温を計ってみると37.8度ありました。

薬を飲んで、再び布団にもぐりこんで寝ていると奥さんの実家で飼っている猫さんたちが次から次に私の周りにやってきました

普段寝るときは全員奥さんの周りにまとわりついて、私の方には奥さんの布団からあぶれてしまった猫さんが「仕方ないからコイツで我慢してやろう」という感じで1匹もぐりこんでくるくらいです。
けれどこの日は違いました。

隣に奥さんが寝転んでもそちらに行くことなく、みんな私の体に寄り添ってくれていました。
猫さんの体温は38度くらいなのでとても温かかったです。
しばらくして汗をかき始め、ふうふう言っていると最年長の猫さんがやってきて、頭を一生懸命舐めてくれました。

そのあとも私の顔を覗き込みにきて、そのまま寄り添って寝てくれる猫さんもいました。普段はドタバタと暴れる時間になってもその日は静かなままでした。
猫さんって本当にかしこいんですね。奥さんの悪口をいうと襲われますし…

奥さんに心配してもらい、お義母さんには茶がゆと好物のオムレツを作ってもらい(幸い食欲はありました)、猫さんに取り囲まれ……たまには風邪をひくのもいいものだと心の底から思いました

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明けましておめでとうございます

年末年始に奥さんの実家にお世話になっていましたが、ブログの更新が滞ったのはネット環境が整備されていなかったからです。
おかげさまでインターネットを観ることなく一週間を過ごすことができました。

全くブログが更新されていないにもかかわらず、ほぼ毎日どなたかが訪問してくださり本当に励みになります。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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